2011年1月28日 (金)

『平凡な生活』

小説の第二弾です。
今回のテーマは「平凡」です。一昨日投稿した記事「平穏な日々」とは少なからず共通する部分があるんじゃないかな…なんて思ったので配信する事にしました。ぜひ読んでみてね!

『平凡な生活』
           
 俺はリビングのテーブルに腰をおろて朝刊を広げた。いつものように一面は汚職やテロリズムなどの記事で埋めつくされていた。三面には殺人事件や通り魔などの日常的な記事が載っていた。ひと通り目を通した頃に妻が朝食を持って来た。

「あなた、今日は何か変わったニュースでもありました?」

 俺はスープを片手に持ちながら答えた。

「いや、いつも通り平凡な記事ばかりだよ」

 食事が終わると俺は出社した。これがサラリーマンである俺の日常的な風景だ。平凡ではあるが俺はこんな生活が好きである。堅実な生活、波乱が無い生活、それこそが俺にとっての安寧だからだ。 

 しかしついに俺の日常にも終りを告げる時が来た。いつものように俺は目覚まし代わりの朝刊を読もうとした時の事である。一面はおろか、二面にも三面にも事件と呼べる記事は何も載っていなかったのだ。

 昨日は事件が何も起こらなかったのだろうか?いや、そんな事は考えられない。では何ゆえに事件が起こらなかったのだろうか?しかし如何なる理由も俺には考えつかなかった。コラムを見ると俺と同じ疑問を記者が投げかけていた。それによると記者も理由は解らないらしい。俺は一言呟いた。

「異常だ!」

 強盗はおろか、交通事故さえ起こらない日があっても良いのだろうか。人間が一人も間違いを犯さない日があっても良いのだろうか。こうして俺の日常的な生活が崩れ去った。妻は俺の心境も知らずに、いつも通り食事をテーブルに置いて俺に話しかけた。

「今日は何か変わった事件はありました?」

 そして俺は答えた。

「事件が皆無な所が事件だ」

 妻は俺の言った意味が解らないようだった。そして妻は出社する俺を見送った。

「異常だ、俺にとっての平凡が崩れたのか?」

 出社中の俺の頭の中は錯乱し続けた。

 そして一日が過ぎた。次の日の朝刊は、いつも通りの平凡な新聞に戻っていた。殺人に汚職に世界情勢の悪化…。そして三面には主婦のバックを引ったくるサラリーマンの事件が載っていた。

「これでいいのだ、これで」

 俺は留置所でニヤリと笑った。

(初稿1995年、改訂版2011年1月28日)

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2010年8月 7日 (土)

怪談『切ってやろうか』

いや~、夏真っ盛りですね。夏と言えば怪談、今回はちょっと怖い話を書いてみました。とは言っても、かなり前に書いた小説(漫画の原案)の改訂版ですけど。気が向いたら読んでみてね。ちょっとは涼しくなるかもしれませんよ。ホラーですよ~(笑

『切ってやろうか』

 ある村にたいへん泳ぎの達者な小僧がいました。その日はとても暑かったので、小僧は近くの海に泳ぎに行きました。海に辿り着いた小僧が見たものは、泳いでいる人達ではなく沢山のクラゲでした。夏も終りの頃だったので、波打ち際にまでクラゲがいたのです。クラゲの怖さを知らない小僧は服を脱いで泳ぎだしました。すると小僧の下半身に痛みが走りました。そうです、クラゲに刺されてしまったのです。あまりの痛さに小僧は海から出て海岸に倒れこみました。クラゲの怖さを知った小僧は、もう海に入る事はできません。唯一できる事はクラゲでいっぱいの海を見る事だけです。

「クラゲが憎たらしい…憎たらしい…どうしたものか…」

 しかし小僧には何の術もありません。クラゲに刺された足を引き摺りながら帰路に着くしかないのです。とぼとぼと海を背に帰ろうとした小僧の目に、誰かが置き忘れた魚捕りの網が映りました。それを見た小僧は心の中でこう呟きました。

「海に入れないのなら、憎いクラゲを殺してしまえ!」

 そうです、小僧はクラゲを捕って殺そうと思ったのです。小僧は防波堤の上から海に網を入れては何十匹ものクラゲを捕りました。そしてクラゲが入っている網を地面にたたきつけました。クラゲは地面にたたきつけられると水のように弾け飛びます。

ぴしゃっ! ぴしゃっ!
ぴしゃっ! ぴしゃっ!
ぴしゃっ! ぴしゃっ!

何十匹ものクラゲは無残にも飛び散り影も形もなくなりました。

「ざまあみろ、ざまあみろ」

小僧の心は憎しみと共に愉快な気持ちで満たされてゆきました。そんな小僧の頭の中に或る言葉が浮かびました。

”南へ下った所にクラゲのいない海がある”

それは妙に美味しい料理を出す浜茶屋のお婆さんの言葉でした。

 ☆☆

 それは去年の夏の事です。小僧が浜茶屋の前を通りかかると、お婆さんが声を掛けてきました。

「取って置きの美味しい料理があるぞ。食べて行かんかえ。」

 喉から手が出るほどお腹が空いていた小僧は、そのお婆さんの浜茶屋で食べる事にしました。注文をして待つこと数十分、待ち兼ねた料理が目の前に現れました。そして小僧は食べました。それはそれは何とも言えない不思議な味でした。あまりの美味しさに「日本一の味だね。」と褒めたところ、その言葉に喜んだお婆さんは小僧にある秘密を教えてくれました。それが”クラゲのいない海”なのです。小僧はその海に行く事にしました。

 ☆☆

 小僧は1時間余り歩き、お婆さんに教えられた海に辿り着きました。そこは岩場に囲まれた海ですがクラゲは全くいません。気をつけて泳げば快適に泳げる場所でした。しかも誰も泳いでいません。小僧は嬉しくなって飛び込みました。半刻くらい泳いだ時の事、小僧の足に何かが絡みつきました。足を動かして取ろうとしても余計に絡み付いてきます。絡みついたものを手で取ろうと思った小僧は海に潜りました。不思議な事に足元だけが黒い影に覆われていて何も見えません。自分の足元に何があるのかが分らない恐怖、黒い影が自分を覆っている恐怖、そんな小僧は死の恐怖さえも感じ始めました。そして小僧は強引に足に絡みついた”何か”を振り解こうとしました。しかし、もがけばもがくほど、その”何か”は余計に纏わりつきました。

「誰か、助けて!溺れちゃう…!」
「誰か…誰か…お願い…助けて…!」
「助けて…」

そう小僧が叫ぶと、海の中から声がしました。

「お前かい、呼んだのは?」   

 海の中から真っ白な髪の毛でシワだらけの妖怪が現れました。目を凝らしてみると、それは”浜茶屋のお婆さん”の姿をした妖怪でした。妖怪は微笑みながら小僧を睨み付けています。小僧は「お…お婆さん…助けて!」と、めいいっぱい叫びました。叫ぶ小僧に対して妖怪はこう言いました。

「お前は満潮になると溺れ死ぬえ」

小僧は心の奥から叫びました。

「死ぬのは嫌だよ!お願いだよ!助けて、お婆さんっ!」

するとお婆さんの妖怪はこう言いました。

「足を切ってやろうか?」

 一瞬、小僧は妖怪が何を言っているのか理解できませんでした。しかしすぐに妖怪の言っている事が何なのかを理解しました。足を切れば小僧が自由に動けるようになると言っているのです。小僧は泣きながら拒みました。

「嫌だよぉ!」
「足を切られるのは嫌だよぉ!」

しかし妖怪は同じ言葉を繰り返すだけです。

「足を切ってやろうか?」

「足を切ってやろうか?」

小僧は恐怖を感じ始めました。

「ゴホゴホゴ」

波で海水が口に入り咳き込む小僧。

「ゴホゴホゴホ」

しかし妖怪は同じ言葉を繰り返すだけです。

「足を切ってやろうか?」

「足を切ってやろうか?」

「ゴボ…ゴボ…。嫌だよ。嫌だよ…。」

そうしている内にも時間は刻々と過ぎていきます。そして水嵩も増えていきます。

「ごぼ…ごぼぼぼ…」

 とうとう水は小僧の口元まで来ました。そして息が出来なくなりました。そして小僧は「お願い!!足を切ってもいいよ!だから助けて!!」と叫んでしまいました。その言葉を聞いた妖怪は笑みを浮かべました。しかもその笑い顔は口が顎まで裂けていました。そして妖怪は小僧の足を掴むとひねりだしました。

バリ…ゴリ…。 
バリ…ゴリ…。ゴリ…ゴリ…。

バリ…ゴリ…。 
バリ…ゴリ…。ゴリ…ゴリ…。

あまりの痛さに小僧は大声で泣き出してしまいました。

「ああああああああああ!!!!! 痛い! 痛い!」

強烈な痛さと共に小僧はいつの間にか気を失ってしまいました。

 ☆☆

 そして次の日になりました。片足を亡くした小僧が浜茶屋を訪れると、あの時に食べた料理の匂いがしてきました。そして奥からお婆さんが出てきてこう言いました。

「取って置きの美味しい料理があるぞ。食べて行かんかえ。」

 そうです、その料理は小僧の切った足なのです。お婆さんは今までに幾度も人間の足をもいでは料理をしていたのでした。小僧は驚きました。

 ☆☆

 その瞬間、小僧は目が覚めました。実はクラゲに刺されて倒れこんだ海岸で気絶していたのです。小僧は慌てて自分の足を見ました。そこにはちゃんと足がありました。海の妖怪は小僧が気絶していた時に見た夢だったのです。相変わらずクラゲに刺された足は痛みましたが、妖怪に足を切られた時の痛みと比べればたいした事はありません。小僧は泣いて喜びました。以後、小僧はむやみに海の生き物を殺そうと思わなくなったそうです。

(初稿1995年、改訂版2010年8月7日)

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